登場人物

蝶々夫人 長崎の若い芸者 ゴロー 結婚仲介人
スズキ 蝶々さんの召使い ヤマドリ 富裕な求婚者
ピンカートン アメリカの海軍士官 ボンゾ 僧侶で蝶々さんの伯父
シャープレス 長崎駐在のアメリカ領事 ケイト ピンカートンの妻

その他登場人物:
神官、薬師手、書記官、母、従姉妹、叔母、子供

あらすじ

第1幕
 1895年頃、長崎の山手にある1軒の家の庭では、アメリカ海軍士官ピンカートンが、結婚仲買人ゴローにこれから住む家の説明を受けながら、妻となる蝶々さんを待っています。そこへ、アメリカ領事官のシャープレスが、息を切らして丘を登ってきます。広い世界を股にかけて、「運を天にまかせて錨をおろし、どこの国でも美人を手にいれる」と野望に満ち、蝶々さんとの結婚も、アメリカに戻るまでのものだと語るピンカートン。そんな彼にシャープレスは、本気で愛し、信じきっている蝶々さんに、罪作りな真似は慎むようにたしなめます。
 やがて、幸せを歌った声を響かせ、蝶々さんや友人が丘を上がってきます。蝶々さんを迎えたピンカートンやシャープレスは、彼女が良家の出であり、落ちぶれて芸者になったという身の上や、まだ15歳であることを聞き、驚きます。ほどなくして神官や役人、親類も到着して、めでたく祝福に満ちた結婚式を終えるも、その後、蝶々さんは勘当されてしまいます。ピンカートンへの愛ゆえに、家族や僧侶のボンゾに内緒で改宗していたことが、皆に知られてしまったからです。
 蝶々さんは泣き崩れますが、ピンカートンに励まされ、彼さえいれば幸せだと気をたてなおします。二人で庭に降り立ち、美しい夜に、変わらぬ愛を祈る蝶々さんと、そんな彼女を強く抱くピンカートンが、愛を謳歌して、第1幕を終えます。

第2幕
前幕から3年の時が流れ、蝶々さんの家では、蝶々さんとスズキが、アメリカに戻ったピンカートンの帰りを待ち、それぞれに神様に祈りを捧げています。ピンカートンの帰りを疑わしく思うスズキを、蝶々さんは語気を強めてたしなめます。駒鳥が巣を作るころに戻ると言ったピンカートンの言葉を強く信じ、スズキにも同意を求め、有名なアリア《ある晴れた日に》を、自分自身に言い聞かせるように力強く歌います。
アリアが終わると、シャープレスが、ピンカートンからの、蝶々さんと縁を切る旨が書かれた手紙の内容を伝えにやってきます。しかし、彼の帰りを信じ、駒鳥が巣を作る時期がアメリカと日本では違うのかしらと尋ねる健気な蝶々さんを前にしては、とても言い出せません。蝶々さんは、もし、ピンカートンが戻ってこなければ、その時は死か、芸者に戻るかだと覚悟を語ります。いたたまれないシャープレスは、ゴローの紹介で蝶々さんに求婚するヤマドリとの縁談を受けたらどうかと提案するも、蝶々さんは怒って一蹴し、悲しみによろめきます。ハッとして奥からピンカートンとの子どもを連れて戻り、ピンカートンに子どものことを知らせてくれと頼みます。
港から砲声が聞こえ、望遠鏡を片手に港の方を見ると、ピンカートンの乗艦が入港する音だとわかります。蝶々さんは、自分が信じていたことが合っていたのだと、誠実の勝利と嬉し涙にくれます。喜びに震える蝶々さんは、庭で摘んだ花を部屋いっぱいに撒き、思い出の婚礼衣装に身を包み、子どもと共に、穴をあけた障子から外を覗いて、ピンカートンの帰りをじっと待ちます。

第3幕
ピンカートンの来ぬまま朝を迎え、スズキは蝶々さんに休息をすすめます。寝所で蝶々さんが休んでいる間に、ピンカートンとシャープレスが訪れます。スズキは2人に、この3年間、蝶々さんがピンカートンの帰りを待ち続け、まさに今まで寝ないで待ち明かしていたことを説明します。しかし、ピンカートンには既に新たな妻ケイトがいることを聞かされます。ケイトの、子どもを引き取りたいと言う申し出に、スズキは蝶々さんの気持ちを思って悲嘆にくれるも、やがて同意します。ピンカートンは、蝶々さんの純粋な愛を目の当たりにして、罪悪感と後悔の念にかられ、辛い気持ちに耐えかね、足早に家を去ります。
ピンカートンの気配を感じたと、喜び興奮してスズキを呼ぶ蝶々さんも、ケイトや、その場の様子に全てを悟ります。何もかもを失うと絶望するも、子どもの幸福を願い、離れることを決意します。ケイトにも、自分のことなど忘れて、幸せになるように言います。
30分後に子どもをピンカートンに渡すと言って、1人になった蝶々さんは、駆け寄ってきた子どもに、母の顔をよく覚えておいてほしいと切々と訴え、屏風の陰に入り、父の遺品の短刀で自らの命を絶ちます。そこへピンカートンとシャープレスが駆け込んできますが、すでに虫の息の蝶々さんは、震える手で子どもを指差し、絶命します。側に崩れるようにピンカートンはひざまずき、シャープレスが子どもを抱き上げ、幕を閉じます。

なお、演出によっては、ストーリーが変わることもございます、ご了承ください。

作品について

 「蝶々夫人(Madama Butterfly)」は、「ラ・ボエーム」や「トスカ」で有名な、イタリアの作曲家ジャコモ・プッチーニ(1858〜1924)が、アメリカの作家ベラスコの同名の戯曲を基につくった作品です。日本を題材にしていることもあり、最も人気のあるオペラの1つです。
 傷つきやすく、批評家らの評価を気にしがちたったという繊細なプッチーニが、絶大な自信をもっていた作品です。自身の作品でも、最後まで聴けるものはほとんどないと言っていた彼が、「蝶々夫人」に関しては、繰り返し聴けると豪語していたほど。ヒロインの蝶々さんへの思い入れは特に強く、作曲中には、悲しい場面で、よく涙ぐんでいたという逸話が残っています。
 プッチーニのこだわりが随所に感じられる「蝶々夫人」の、この上なく甘美で情熱的な響きに触れれば、きっとみなさまも、音楽に込められた彼の強い想いに、あっという間に魅了されてしまうことでしょう。

音楽について

 第2幕第1場で蝶々さんが歌う、イタリアオペラの名歌としてとても有名な《ある晴れた日に》はもちろんですが、このオペラでは、アリアの他にも、様々な音楽的な試みが耳を楽しませてくれます。
 たとえば、「越後獅子」や「宮さん宮さん」などといった、私たちにとって親しみのある日本の音楽の旋律が多く用いられています。また、プッチーニ自ら、日本風のモティーフをつくったり、土着の楽器の音色を模したりもしていますから、それらを見つけていただくという、通の楽しみ方も、良いかもしれません。
 そして、蝶々さんが登場する場面で用いられている「愛の主題」や、勘当されてしまったときに流れる「罵りの動機」など、音楽の断片が、場面ごとに、変化を加えられながら何度も出てきます。時には速さが変わり、また時には音色が変わり…と、聴き覚えのある響きの多様な再現が、蝶々さんの心の動きや状況の変化を一層際立たせます。このように、プッチーニによって緻密に練り上げられた統一感が、私たちの耳と目を捉えてはなさない、魅力的な作品です。

(甲斐 万里子)
主要参考文献
「蝶々夫人」、宮沢縦一他編『オペラ全集—音楽現代名曲解説シリーズ』、芸術現代社、(1983)pp. 430〜435。
「19世紀 イタリア」、ロジャー・パーカー編『オックスフォード オペラ史』、平凡社(1999)pp. 230〜245。