理事長のつぶやき | 公益財団法人 神戸市民文化振興財団

2023/3/23(木)

今回の「神戸能」(321日、神戸文化ホール中ホール、公益社団法人能楽協会主催)はまず広報から違っていました。心の奥底まで見通すかのような能面の傍らに「『能を見に行こう』と誘う人は真面目な人です」とのキャッチコピー。一度目にしただけで印象が消えないポスターやチラシにインパクトを受けた人が少なからずおられたでしょう。

そして、公演前半では笛や鼓の囃子(はやし)と謡(うたい)、舞について、演者たちの実演を交えながらのワークショップ。また、民俗学研究者による演目の時代背景などを解説するミニレクチャーがあり、私のような門外漢でも抵抗なく舞台を観賞できる斬新な構成に主催者の並々ならぬ改革への決意を感じました。

狂言「禰宜山伏(ねぎやまぶし)」に続く、能「自然居士(じねんこじ)」がこの日のハイライトでしたが、舞台袖に設置されたスクリーンに、演じられている場面の説明文が映し出され、物語の展開が手に取るように分かる仕掛けになっているのです。これまで、何が演じられているのか理解できず眠くなっていた私も登場人物たちの緊張したやりとりにハラハラしながら見入ってしまいました。

この新たな試みに果敢に挑戦されたのはシテとして自然居士を演じた上田拓司さんたちです。能楽堂ではないホールだからこそ、私のような素人も含めた観客に能楽の奥深い魅力を知らせる舞台をこれからも提供していただくことを願ってやみません。

それにしても、人買いに連れ去られようとする少女を命がけで救う人物を主人公にしたこの演目。遠く室町時代の作ですが、幼い命のために悪人たちの前で恥も外聞もなく踊って見せる自然居士は“社会包摂の元祖”とも言えます。紛争中のウクライナから大勢の子どもたちが連れ去られ、国際刑事裁判所がロシアの大統領らに逮捕状を出したという戦争犯罪を目前にして、21世紀になっても変わらない非情な現実に胸が痛みます。

2023/3/16(木)

東日本大震災から12年目の今年の311。ちょうどその日に神戸市混声合唱団の定期演奏会が神戸・ハーバーランドの神戸新聞松方ホールで開催されました。木漏れ日の森を散策しているような穏やかな曲が中心のオール・ブラームス・プログラムで、震災で犠牲になった方々への追悼の思いも込めた演奏会となりました。指揮をした神戸混声の音楽監督、佐藤正浩さんは被災県の福島出身です。アンコールも演奏曲の「ドイツ民謡集」より「静かな夜に」を再度合唱して哀悼の意を表しました。

うっとりとする曲目の中でも、若きブラームスがハンブルグの女声合唱団を指導していた時に作曲したというホルン2本とハープの伴奏による女声合唱は、今も耳の奥でメロディーがよみがえってきます。ふくよかなホルンの響きと小川のせせらぎのようなハープの音色が澄んだ歌声と溶け合い、ホールの音響の良さが大いに生きた演奏でした。

このホール、前回紹介した名古屋のしらかわホールと同じシューボックス(靴箱)型で、12階、両サイドバルコニー合わせて706席。阪神・淡路大震災翌年の1996年に完成し、神戸の震災復興の象徴の一つとして多くの演奏家や音楽ファンに愛されています。

ちょうど、1週間前にしらかわホールで東京混声合唱団、今回、松方ホールで神戸混声と、日本を代表するプロの合唱団と良質の響きを誇る音楽ホールを聴き比べることができました。あらためてホールの役割を再認識する機会でもありました。

繰り返しになりますが、来年2月に閉館になるしらかわホールの余命を思うと、神戸市民の財産ともいえる松方ホールの“長寿”を祈るばかりです。

2023/3/8(水)

先週末、名古屋で開かれた東京混声合唱団(東混)の演奏会に行ってきました。わが神戸市混声合唱団と並んで日本で数少ないプロの合唱団であり、2019年には神戸混声の設立30周年特別演奏会に共に神戸文化ホールのステージに立ってくれた良きライバルです。

指揮者は東混とは初顔合わせという広上淳一さんで日本人作曲の合唱曲やフランス人作曲家による宗教曲の指揮ぶりも楽しみではありました。

しかし、この演奏会を聴きに行こうと思い立った最大の理由は会場が三井住友海上しらかわホールだったからです。名古屋市の中心部に1994年に建てられた同ホールは理想の音響空間とも言われる「シューボックス(靴箱)」型で、1、2階、サイドバルコニー合わせて700席です。独奏や室内楽には打って付けの音楽専用ホールで演奏家や地元のクラシックファンらに絶賛されてきました。私自身、神戸市室内管弦楽団の音楽監督、鈴木秀美さんから「日本屈指の音楽ホールですよ」と教えられていて、いつか聴きに行かなくてはと考えていました。ところが、その音楽の殿堂が親会社の意向で20242月に閉館されると報じられ、慌ててチケットを購入しました。

演奏が始まると、高い天井から歌声がシャワーのように降り注いできて、ホールという一つの楽器の中に包み込まれている快感が全身を満たしてくれます。コンサート前のプレトークで広上さんが「みなさんの力でこの素晴らしいホールを残してほしい」と訴える気持ちが切ないほど理解できる響きでした。

閉鎖の理由はコロナ禍で公演数が減り赤字続きとのことで、どのホールも直面している厳しい現実です。しかし、貴重な文化の灯が消えるということは、たとえ他都市の民間施設とはいえ、地元ばかりでなく日本の損失ではないのか、と心が塞ぎます。

2023/2/27(月)

音楽の限界を超えた「音」の芸術作品と表現すればいいでしょうか。先週、神戸文化ホールで開催された第10回神戸国際フルートコンクールの入賞者披露演奏会(5人)と1位2人による優勝記念演奏会を聴いての印象です。モーツァルトやチャイコフスキーなど、馴染みのある作曲家の作品もありましたが、主役は現代作曲家による作品や演奏者自らのオリジナル曲でした。一般のコンサートやリサイタルではプログラム構成や集客などから取り上げられることはあまりありませんが、コンクールの入賞者演奏会という特別なステージだからこそ、聴衆はフルートの“最前線”に立ち会うことができました。

とりわけ優勝記念演奏会では、マリオ・ブルーノさんとラファエル・アドバス・バヨグさんが、審査員が優劣をつけられなかった超絶のテクニックと音楽性を遺憾なく発揮して、フルートの未知の魅力を引き出してくれました。フルート音楽の既成概念が打ち壊され、新しい音の扉が開いたような演奏会。これぞ世界の頂点を目指すコンクールが与えてくれた一期一会の“音楽の贈り物”です。

翌日の東京公演でも記憶に残る名演で万雷の拍手を受けた入賞者たちは、活動や研鑽の地であるヨーロッパへと飛び立って行きました。これからどんな朗報が飛び込んでくるか。彼らの今後の活躍に目が離せません。

2023/2/20(月)

コロナ禍のため本選まですべてオンライン審査となった第10回神戸国際フルートコンクールの入賞者が、ようやく神戸にやってきました。本来であれば、2021年夏に文化ホールで1次予選から本選まで行われる予定でしたから、約1年半遅れで彼らの生演奏が神戸で披露されます。

先日の日曜日には神戸の経済界が地元の文化を支援する神戸文化マザーポートクラブがポートピアホテルでウエルカムパーティーを開き、フルーティストたちを歓迎しました。あいにくドイツの空港でのストライキなどで、当初から来られなかった1人を除き5人中3人の参加となりましたが、神戸を中心に活動するイタリア人ヴァイオリニスト、マウロ・イウラートさんとピアニスト、佐野まり子さんによるサプライズ演奏や神戸大学の学生バンドによるジャズ演奏などで大いに盛り上がり、入賞者たちも地元の厚い歓迎ぶりに笑顔が絶えませんでした。

翌日からは遅れて到着した入賞者らも含め5人が市内の小学校6校をアウトリーチ演奏に回っており、世界トップレベルの演奏を体験した児童の中からフルーティストを目指す子どもが登場するかもしれません。

23日には、いよいよ5人による披露演奏会(午後2時から)と1位のラファエル・アドバス・バヨグさん(スペイン)、マリオ・ブルーノさん(イタリア)による優勝記念演奏会(同7時から)が文化ホールで開催されます。過去最高の483人のフルーティストの中から勝ち残った超絶の技と豊かな音楽性をたっぷりと堪能できます。当日券もまだ残っていますから、めったにないこのチャンスお聴き逃がしのないように。

2023/2/17(金)

毎週夢中になって見ているテレビドラマがあります。NHKが日曜日の夜遅く放送している「DOCあすへのカルテ」です。イタリア放送協会による医療ドラマで、主人公の医師が医療ミスで息子を殺されたと思い込んだ父親に頭を銃撃され、奇跡的に回復するのですが撃たれるまでの12年間の記憶を失ってしまうのです。大病院を舞台に複数のストーリーが絡みあい、予想もつかない展開に毎回画面にくぎ付けになっています。

中でも主人公が過去の自分がどんな人間だったのか知ろうとしてもがく姿が感動的です。腕はいいが同僚にも患者にも傲慢で、家庭も崩壊させてしまった過去の自分に戸惑う今の自分。相反する2つの人格が交錯するところがドラマの魅力をより深めています。

考えてみれば、この2つの人格、ドラマの医師だけのことではありません。私たちも自分だと思っている自分と周りの人が客観的に見ている自分は往々にして違っています。録音した声が別人の声のように聞こえた経験は誰しもあるでしょう。たまに性格判断などを受けると、おっとりしていると思っていたら、せっかちだったりして驚かされます。

プライベートでも仕事上でも、この2つの人格がかい離しすぎないようにするには、周りの人たちを鏡にして調整していくしかありません。

ドラマの方は放送中のシーズン1が次回で終わってしまいます。続編の早期開始を切に希望するばかりです。

2023/2/6(月)

淡路島の洲本から少し北上した海辺にそのレストランはあります。キャンパスカフェ「カプチーノ」。地元の人だけでなく島外の観光客も立ち寄る人気スポットです。海水浴シーズンはいつも満席なのですが、このレストランにはもう一つの役割があります。「就労継続支援B型事業所」。障がいのある人たちが学びながら厨房やフロア、菓子製造室、農園で働いているのです。

このレストランも開業当初は健常者だけが働くカフェでした。それがトライやる・ウィークの時期、知的障がいのある子どもを受け入れてほしいとお父さんに頼まれ、不安を感じながらも引き受けたのが、もう一つの役割のきっかけになったとオーナーの柿原孝司(かきはら・たかし)さんは振り返ります。ひたむきに仕事に取り組む生徒の姿に柿原さんも他の従業員も感動を覚え、それ以来、障がいのある人を1人、2人と少しずつ採用し、いつしか、障がい者雇用を考える淡路島の企業が視察にくるほどのレストランになっていました。

柿原さんは特別支援学校などで身に着ける技能と一般企業が求めるスキルの間に溝があることを実感し、私費を投じてレストランの敷地に働きながらソーシャルスキルが学べる学園を開校。今では14人の方が通っています。一般企業に採用される“卒業生”もおり、平均工賃も兵庫県平均の2倍を維持しています。コロナ禍でレストランの売り上げが半減したときも彼らが精魂傾けて作ったプリンが人気商品となり危機を乗り越えました。

さて、文化振興と障がい者支援。どう組み合わすことができるか、まだ名案は浮かびませんが、私たちも社会包摂の最先端であらねば、と日々頭を巡らせています。

2023/1/31(火)

あなたの思い出の映画は? と聞かれたら、邦画、洋画、アジアや中東、中南米ものなど、数えれば枚挙のいとまがありません。でも飛び切りの一作は、と問われれば、イタリア映画の「ニュー・シネマ・パラダイス」(1989年)と答えるでしょう。田舎町で、映画好きのいたずらっ子と老映写技師とのほのぼのとした友情。誰もがそのシーンを思い浮かべるとき、温かく切ないメロディーが去来するはずです。それどころか音楽こそが懐かいシーンを鮮やかによみがえらせてくれると言っても過言ではありません。

 

その映画音楽を作曲したエンニオ・モリコーネのドキュメンタリー映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」を見ました。本人の述懐と彼と共に映画を作った監督やプロデューサー、歌手、そのサウンドに乗って世界的スター・監督となったクリント・イーストウッドらも証言者として登場します。

 

1960年代から本格的に映画音楽に取り組んでいますが、意外なことに、「 “純粋音楽”との相克に苦悩し続けてきた」と、老境に入ったモリコーネ当人が吐露しています。なのに、その悩みの中で「荒野の用心棒」などのマカロニ・ウエスタンから「ミッション」、「アンタッチャブル」、アカデミー賞作曲賞の「ヘイトフル・エイト」など、2020年に91歳で生涯を閉じるまで数々の名曲が生まれてきました。

 

映画音楽がクラシック音楽界で低く見られていた時代、内気な天才作曲家の秘めたる反骨精神が創造の源泉だったのかもしれません。モリコーネを知る老映画監督が次のように語っています。「私たちがモーツァルトやベートーヴェンを聴いているように、これから200年先、現在の誰の作品を聴いているでしょう」。 “純粋音楽”なのか、それともモリコーネの音楽なのか。芸術とは何か、との重い問いでもあります。

2023/1/24(火)

前回に続いて神戸文化ホール開館50周年についてです。先週、2023年度から3年かけて繰り広げる50周年記念事業を神戸市民や多くのホール愛好者にお知らせしようと、記者発表を行いました。関係者が並んだ写真付きの新聞記事も出ましたから、お読みなった方もおられるでしょう。

 

さて、初年度は世界で活躍する指揮者 山田和樹さんが神戸出身の不世出の作曲家 大澤壽人(おおさわ・ひさと)の幻の作品を世界初演(演奏会として)するガラ・コンサート(519日)から始まります。山田さんの指揮でどんな演奏が聴けるのか今から胸が躍ります。その演奏会で私が個人的に楽しみにしているのは募集した子どもたちによる児童合唱団がステージに上がることです。山田さんのアイデアで、「神戸から未来へ」のタイトルどおり次世代へつながる企画です。

 

続く第2弾の「緑のテーブル2017」(1021日)は、ナチスが台頭する時代のドイツで反戦のメッセージを込めて作られた「緑のテーブル」をもとに、神戸を中心に活躍する振付家 岡登志子さんが2017年にオリジナル作品として創作したコンテンポラリーダンスです。「平和」を訴える役には戦争体験者の貞松・浜田バレエ団の代表 貞松融さん(90歳)が登場します。岡さんは50周年にちなんで一般からの参加も募り50人で踊る新バージョンを構想しているとのことです。市民の手で神戸の文化を支えていくシンボルとなることを期待しています。

 

子どもたちの合唱といい、一般市民も加わったダンスといい、ホールは鑑賞型から参加型、そして創造型へと役割を大きく広げています。どうぞ、文化ホールで新たな体験と感動を味わってください。第3弾、第4弾も合わせて、以下のURLをクリックして50周年事業の扉を開けてみてください。

https://www.kobe-bunka.jp/hall/50th/

 

2023/1/19(木)

神戸文化ホールは今年開館50年を迎えます。阪神・淡路大震災を乗り越え、市民のみなさまと半世紀を歩んでまいりました。神戸の文化の拠点として長らくご愛顧いただいていることに厚く感謝申し上げます。

さて、文化ホールがどのように開館したのだろうかと、催し物を紹介する「ほーるめいと」の縮刷版をめくってみました。開館記念式典は1973年(昭和48年)1016日、大ホールで行われています。マエストロの朝比奈隆さん指揮、大阪フィルハーモニー交響楽団によるワーグナー作曲「ニュルンベルクの名歌手」前奏曲で華々しく幕を開けています。市長のあいさつに続いて民踊や日本舞踊、バレエ、合唱など、市内の文化団体がこぞって舞台に立ち、開館を祝っています。その後も桂米朝師匠の独演会や巨匠アレクシス・ワイセンベルクのピアノリサイタル、能楽などが目白押しです。当時のにぎわいが目に浮かぶようです。

「ほーるめいと」をさらにめくっていくと「幕間」というコラム欄があり、著名人から一般市民までテーマ自由で寄稿しています。その中で小学6年生の女の子の文章が印象に残りました。劇団四季の「雪ん子」を観た感動を懸命に説明しているのですが、はかなくもけなげに生きた雪ん子「ユキ」の生涯に心打たれ「ユキがまいた小さな種はみんなの心を少しずつゆり動かして行っていると思います」とつづっています。この女の子もそれから50年、文化ホールでの感動がその後の人生を豊かにしたのではないでしょうか。あらためて、ホールが掛け替えのない役割を担っていることを痛感します。

2023/1/12(木)

阪神・淡路大震災から28年目となる1月17日を前に、「南海トラフ地震に備える政策研究」と題した論文を読む機会がありました。数十人の研究者たちが4年がかりで研究調査した労作です。おそらく南海トラフ地震に関する最新の研究成果と言えるでしょう。

今後30年の間に70%から80%の確率で発生するとされている南海トラフ地震は最悪の場合、東海から近畿、四国、九州の広い範囲が被災し、犠牲者も被害額も阪神・淡路大震災や東日本大震災をはるかに上回る恐れがあります。しかも、被災が予想される地域は高齢化が進んでおり、国は膨大な借金を抱え、日本経済も以前のようには元気がありません。論文を執筆した専門家たちは、もうこれまでのような復興は難しいとそろって予測しているのです。

そこで、唯一、犠牲者を減らし、私たちが元の生活を取り戻すための方法は、今すぐに“事前”の取り組みを始めるしかないと全執筆者が強調しています。しかし、現実は、国も自治体も国民も準備不足で、この状態で発生したらと思うと背筋が寒くなります。

印象的な言葉に「すでにあるリスク」という表現がありました。この巨大地震は将来の「可能性」ではなく、かならず起こる「現実」だということです。

論文を読み終わって、この研究結果が私たちを守るための“警世の書”となって国中に広まることを願っています。

2023/1/5(木)

あけましておめでとうございます。大晦日から三が日にかけて神戸のお天気は穏やかでしたが、みなさん、どんなお正月をお迎えになりましたか。私と妻は元日、怠けていた両親のお墓参りに出かけ、その帰り道、地元の神社で初めての初もうでをしました。

西区の西神ニュータウンに移り住んで34年になりますが、まちなかには神社はなく、初もうでと言えば代表的な生田、湊川、長田の三社参りが通例でした。それが、ニュータウン近くの櫨谷(はせたに)町を通りかかったとき、和気あいあいと歩いている地元の人たちに出会い、不思議に思って後をついていくと山あいに鎮座する櫨谷神社に到達したのです。

小さなお社ですが源義経が平家追討の途中、兵士や馬を休ませたとのいわれがある由緒ある神社です。参道には帰省中らしい若者や赤ちゃんを抱っこしたヤングファミリーも交じった初もうでの列ができ、私たちもちゃっかり並ばせてもらいました。地元の神社で一年のお願いをして鈴を鳴らし、充実した年の初めとなりました。きっと、やっと墓参りにやってきた親不孝者への両親からのお年玉かもしれません。

わたくし事ばかりで失礼しましたが、あらためて今年一年、神戸文化ホールなど各施設、神戸市室内管弦楽団、混声合唱団も含め当財団をよろしくお願い申し上げます。

2022/12/28(水)

神戸と言えばハイカラな欧風文化に彩られたまちのイメージが強いのですが、日本の伝統文化もしっかり根付いています。芸能部門だけでも、能や狂言、三曲(箏、三味線、尺八)、須磨寺を中心にした一弦琴、農村歌舞伎などが挙げられますが、日本舞踊も盛んです。

地元の舞踊家で組織する兵庫県舞踊文化協会は8流派、230人が加盟しており、多くは神戸在住か神戸で活動する踊り手たちです。少子化で後継者不足に直面している現実はありますが、海外の人たちを引き付けてやまない日本人の美意識を表現する芸術として受け継がれていくことを願っています。

そんな日舞の将来が期待できる舞台を先日、神戸文化ホールで見ることができました。この秋、兵庫県芸術奨励賞を受賞した若手の舞踊家、花柳知香之祥(はなやぎ・ちかのしょう)さんによるリサイタル「祥の会」は、シンプルに日舞の魅力を伝えるステージでした。妻の藤間晃妃(ふじま・こうき)さんと息の合ったやりとりが楽しい「清元 神田祭」、格調高い素踊りの「長唄 島の千歳」、師匠の花柳五三輔(はなやぎ・いさすけ)さんとの惜別の余情ただよう「清元 峠の万歳」を舞い切りました。

いずれも日本人ならではの機微が何気ないしぐさにまで宿っていて見る者の心を打ちます。世界を席巻する日本アニメの人気の根底にも、私たちが引き継いできた独特の感性があり、日舞はその極限の表現芸術ともいえるでしょう。

夢のまた夢ですが、私たちが日本人演じる西洋のオペラやバレエを当たり前のように観賞するように、将来、海外の人たちが現地で日舞を楽しむ時代が来るのではないでしょうか。もちろん開催国の人たちが踊り手になること大歓迎です。

 

2022年の舞台の幕が間もなく下りようとしています。神戸文化ホール、神戸アートビレッジセンター、各区文化センターのご利用まことにありがとうございました。財団職員一同厚く感謝申し上げます。来年も各施設をご愛顧賜りますようお願い申し上げます。みなさま、よいお年をお迎えください。

2022/12/22(木)

世界初演です。先週末、神戸文化ホールの中ホールで上演された貞松・浜田バレエ団による「くるみ割り人形と秘密の花園」はおそらくバレエ史に残るであろう革新的な全幕バレエでした。気鋭の振付家として世界的に活躍している大石裕香さんの演出・振付だけに前評判も高かったのですが、本番の舞台はその予想をさらに上回る創造性に満ちていました。

ストーリーも登場人物もこれまで慣れ親しんできた「くるみ割り人形」から大胆に刷新されています。新体操の男性アスリートたちがフープ(輪)やバトンを巧みに操りながら踊り手の周りで軽々と宙返りをやってのける。舞台進行に欠かせない「ドロシー叔母さん」にはソプラノ歌手の並河寿美さんが起用され、圧倒的な声量で場面転換を図る。背景も衣装も照明もすべて斬新で衝撃と感動の2時間半でした。

同バレエ団の「くるみ割り人形」と言えば、華やかでコミカルな「お菓子の国」バージョン「お伽の国」バージョンの2公演を毎年クリスマスの時期に当ホールで上演し、神戸の冬の風物詩となってきました。子どもさんから大人まで多くのファンに愛されてきた“定番”でしたが、その人気に安住せず、3つ目の新バージョンに果敢に挑戦されたことに共催者として大いに感謝しています。

来年(2023年)122324日には文化ホール大ホールでこの「秘密の花園」バージョンがフルオーケストラ付きで上演される予定です。さらに大きな舞台で大石さんがどんな“マジック”を仕掛けてくるか今からわくわくします。

 

2022/12/14(水)

「手話裁判劇『テロ』」の反響がとまりません。10月はじめ、神戸アートビレッジセンター(KAVC)で上演されてから2カ月余りが過ぎましたが、新聞やネットで取り上げられ続けています。ろう者と聴者、視覚障がい者が共に舞台に立ち、発語と手話が交錯する今までに例のない演劇だけに、公演前から注目されていましたが、これほど世の中にインパクトを与えるとは、プロデュースしたKAVCも当財団も想像できませんでした。

今月10日の毎日新聞夕刊には「手話が崩す『常識』」の見出しで、この劇の記事が社会面トップで掲載されています。一般的に新聞の演劇紹介は「文化面」や「芸能面」が大半で、しかも公演前に載ります。公演後は評論家による「劇評」がほとんどで、今回のような扱いは異例のケースと言えます。

取材、執筆した記者だけでなく掲載面やレイアウトを考える整理記者など編集局のメンバーが、「この劇が社会的影響力を持つ」と判断した結果でしょう。「私たちは、自分と異なる他者の存在を本当に想像してきたか」と記者が自らに問う文章も通例の演劇紹介とは大きく異なっています。

読売新聞も東京版で「ろう者俳優 今注目!」との見出しで「テロ」を大きく取り上げています。関西の、それもメジャーでない劇場の自主制作劇が東京の一般紙に掲載されることも珍しいことです。「ろう文化を背景に持つ俳優の活躍の場を広げていくための前哨戦だ」との演出家、ピンク地底人3号さんの意欲的なコメントを紹介しているところに、地域を越えた社会的意義を記者たちが見出しているのだと感じます。

KAVCは来年度から装いも新たになりますが、社会にインパクトを与えるパフォーミング・アーツに引き続き取り組んでいきます。ご期待ください。

追伸:1213日の産経新聞夕刊に「テロ」が見開き2ページにわたって写真グラフで取り上げられました。手話裁判劇が完成するまでの試行錯誤の過程をカメラで追っています。

2022/12/7(水)

年末年始をどう過ごすか考えるにはまだ早いかもしれませんが、里帰りや旅行の予定がなければ、心に残る本を読んでみるのも有意義な休日の過ごし方かもしれません。しかし、「心に残る」と言っても、何を読むべきか選ぶのは意外に難しいものです。自分の好みだけで決めているとジャンルが偏って“木を見て森を見ず”になってしまいがちです。せっかくなら本の森を探索したいところです。そんな悩みに答えてくれそうなガイド役の本を最近見つけました。

「神戸外大教師が新入生にすすめる本」(神戸新聞総合出版センター刊、税別1000円)。2年前に出た本ですが、神戸市立外国語大学の教授ら70人が「これまでに最も心に残る本や読んでほしい作家」を挙げています。中には翻訳の第一人者や外国人教授もいて、世界的視野に立って読んでほしい本を推薦しています。「新入生に」と言いながら、私のような高齢者でも興味津々のラインナップです。

言語学の専門書もありますが、多くは文庫本で読める小説などで、私が読んだことがある「舟を編む」(三浦しをん)や「ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界」(阿部謹也)などは複数の先生が推薦しています。どうしてその本を挙げるのか、推薦理由のコメントも興味深いです。地元の大学教師のガイドで正月休みを過ごすのも一興ではないでしょうか。

2022/11/29(火)

ナゾが解けず、こんなに頭を悩ませるとは。簡単に分かるだろうと高をくくっていたので、時間に追われて頭が真っ白になってしまいました。そういえば学生時代、答案用紙を前に同じような経験をしたような。遠い昔の苦い思い出までよみがえってくる始末です。

先週末、神戸文化ホールで行われた「ああオルタンシア!ナゾトキぐるぐるびゅんびゅん 大劇場!!(でも中ホール)」。以前のつぶやきで予告を書きましたが、幼い子どもさんも参加するファミリー向けだからと軽く見ていたことを痛く反省しています。

まず中ホールでの喜劇と弦楽合奏でリラックスしてしまったことが後に響きました。ホールを飛び出して向かった神戸中央体育館前の広場では3つのナゾが待ち構えていました。どれも手ごわく、役者さんたちがコミカルな演技でヒントを教えてくれるのですがチンプンカンプン。隣の人が解答を書き込んでいるとよけいに焦ります。

1問あきらめて次の大倉山公園に向かうとナゾがさらに2つ。「もう時間ですよ」との声でさらに1問断念して中ホールへ戻るとナゾトキのフィナーレです。愉快なお芝居を見ていれば、正解がいとも簡単に分かるだけに何とも悔しい。「帰ってから解いてみて」と出されたおまけのナゾもなかなかの難問で、最後まで頭が“ぐるぐるびゅんびゅん”になってしまいました。

周りのお客さんたちも満足感と悔しさが入り混じったような表情で、念入りに準備した劇団メンバーやスタッフにしてみれば“超参加型イベント”の手ごたえをひしひしと感じたことでしょう。来年も同じような企画をやってくれるなら、何としても今回の雪辱を果たしたいとは思いつつ、さらに落ち込むかもしれません。

2022/11/25(金)

西宮市大谷記念美術館の館長 越智裕二郎さんが19日、逝去されました。神戸市立博物館の開館準備段階からの学芸員で、2007年から始まった神戸ビエンナーレ(全5回開催)や開港150年を記念した港都KOBE芸術祭(2017年)にもかかわった神戸のアート・シーンに欠かせない人物です。

私とは神戸市制100年に合わせ1989年に神戸市博で開催された「松方コレクション展」がきっかけで“戦友”とも呼び合う仲になりました。松方コレクションは今でこそ世界三大美術コレクションの一つとして有名ですが、当時は作品数など全体像もはっきりせず、担当学芸員の越智さんは調査や図録執筆で夜も寝られない忙しさでした。私はといえば展覧会に合わせてコレクターの松方幸次郎の生涯を神戸新聞で長期連載していたのですが、これまた、その足跡もどんな人物だったかも不明なことばかり。取材執筆に悪戦苦闘していました。そんな中、新たに発見した情報を伝えあい、長いトンネルを一緒に掘り進むような間柄となり、いつしか太い絆を感じるようになりました。

それだけに、いまだに突然の訃報がなかなか受け入れられない心境です。73歳、学芸の世界ではまだまだ現役の世代です。港都KOBE芸術祭に出品した、やなぎみわさんや小曽根環さんらからも早すぎる他界を惜しむ声が寄せられています。

今年8月末、六甲ミーツアートの内覧会で作品を巡りながら若い学芸員たちと談笑していた柔和な表情が懐かしくよみがえってきます。

安らかにお眠りください。

2022/11/14(月)

笑って、頭をひねって、音楽に酔いしれて、気付いたらホールの魅力を丸ごと体験できる、そんな欲張りな“お祭り”が、今回の神戸文化ホールチャレンジジャンボリー2022「ああオルタンシア!ナゾトキぐるぐるびゅんびゅん大劇場!!(中ホール)」です。

ネタバレにならない程度に紹介しますと、すべてはホールの地下倉庫に眠っていた楽器を持った謎の人形を見つけたことから物語は動き出します。まずは50年に及ぶ一大ロマンス喜劇。お芝居は神戸アートビレッジセンターで3年に渡って上演されたフラッグカンパニーで私たちの度肝を抜いた演出家やシナリオライター、役者たちが腕によりをかけた抱腹絶倒のオリジナルコメディーです。そこから始まる6つの謎を、ホールから飛び出して周りを巡って解きながら、再びホールに戻ってくると人形たちによる甘味な演奏が待ち受けています。

ホールをテーマパークに見立てた“一粒で3度おいしい仕掛け”ですが、ホール事業課はもとより舞台課や演奏課など当財団挙げての行事ですから、職員たちは人一倍力が入っています。日ごろの鑑賞型のイベントとは異なり、小さなお子さんから大人の方まで、楽しみながらホールの舞台裏まで知ってもらえる絶好の機会です。

目下、キャストもスタッフも熱のこもった練習を続行中。いよいよ仕上げの段階に入っており完成度には自信があります。今月26日(土)午後2時から、神戸文化ホール中ホールです。これは見逃せませんよ。

2022/11/8(火)

早いもので今年も残すところ2カ月を切りました。全国のアマチュア合唱団の多くは第九の「歓喜の歌」の練習に余念がないことでしょう。ベートーヴェンの交響曲9番が歳末の風物詩になって久しいですが、この合唱に参加して声楽やクラシック音楽のファンになったという方も珍しくありません。多くの市民が歌う喜びに第九で出合えるなんて、世界に誇る日本の年末行事ではないでしょうか。

さて今年も「1万人の第九」など、さまざまな第九が演奏されますが、当財団主催の「市民の第九」はそのユニークな仕組みで合唱団員の満足度アップに自信を持っています。まず合唱の水準を合わせるために初めて歌う人たちのための初級者コースを8回、通いやすい近くの文化センター(4カ所)で行います。プロの声楽家の指導でシラーの詩をドイツ語で歌えるまでになって経験者コース(6カ所)に合流します。ここでさらに8回レベルを上げていきます。先月からは新しくオープンした中央区文化センターでパートごとの合同練習が始まっています。ここまでくれば団員たちの心身に「歓喜の歌」がしっかりしみ込んでいます。

コロナの感染防止のため、ステージに立つのは昨年同様、従来の半分程度の137人となりますが、つらい時代だからこそ「苦難を克服する」この歌が団員たちをより鼓舞していることでしょう。

指揮は昨年に引き続き若手の成長株、粟辻聡さん、オーケストラは中央区文化センターの音楽プロデューサー、マウロ・イウラートさんによるプロ主体の選抜メンバーで構成されています。

公演は1210日(土)午後3時、神戸文化ホール大ホールです。ぜひお越しください。

2022/11/1(火)

NHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」はいよいよクライマックスに入ってきました。後鳥羽上皇を頂点とする朝廷勢力と北条義時率いる鎌倉幕府軍の激突となった「承久の乱」に向けてドラマは刻々と進行しています。しかし、まさにその時代に起きたもう一つの“歴史的事件”については、視聴者はほとんど知りません。

承久の乱から2年後の1223年、現在の新潟県長岡市の海岸に大陸からとみられる異国船が漂着し、鎌倉にもたらされた積み荷を義時らが見分しています。問題はその中にあった札に記された4つの文字です。漢字に似ているものの漢字ではなく、当時の学者らが読み解こうとしましたがさっぱり分かりませんでした。鎌倉時代の歴史書「吾妻鑑(あずまかがみ)」の筆者もよほど不思議に思ったのか4つの文字を書き写しています。

以来、この謎の文字は歴代の学者の研究対象となり続け、明治時代に入って、12世紀に中国東北部(旧満州)に「金」を建国した女真族の文字とまで解明されました。現在は金国の通行手形とみられていますが完全解読には至っていません。800年に渡って書家や言語学者をとりこにしてきた4つの文字、いつか解き明かされる時が来るのでしょうか。

ひょっとして、義時役の小栗旬さんや政子役の小池栄子さんらが謎の文字の前で思案投げ首なんてシーンがあれば最高、なんですが、さすがに無理でしょうね。

2022/10/24(月)

まず装丁からして心をざわつかせます。まるで製本を途中であきらめざるを得なかったように綴じた糸がむき出しになったまま刊行されているのです。「一九三〇年代モダニズム詩集」。戦前、先鋭的な詩を次々と発表しながらこつ然と消えた神戸の詩人の作品を当時の同人誌などから丹念に拾い集め、その足跡を追った労作の編集者が今年の井植文化賞の報道出版部門に選ばれました。

表彰されたのは神戸在住の詩人、季村敏夫さんです。1930年代後半、前衛詩を書いた神戸の若者たちが治安維持法違反で次々と獄舎に送られた「神戸詩人事件」当時に焦点を当て、一冊の詩集もない無名の詩人3人を現代によみがえらせました。

最初に登場する「矢向季子」は1914年神戸生まれという以外、本名なのかどうかも含め全く不明です。しかし、季村さんはこの詩人を「何かに、激しく促されるまま、ことばを刻む。官能の火と花の軌跡、奇蹟といっていい行為の結晶がのこされている」と評価しています。時代が違っていればどんな作品を残しただろうかとやけどするような熱量を持った詩を読みながら悔しくなります。

本が醸し出すイメージは、官憲の目をかいくぐり、ひそかに地下で印刷された詩集そのものです。季村さんは「はじめに」の末尾を「消えてしまった、たましいをよびよせる、この集を編みながら念じていた」と結んでいます。後を託された詩人の執念を感じます。

 

*同書(みずのわ出版)のほか共著の「一九二〇年代モダニズム詩集 稲垣足穂と竹中郁その周辺」(思潮社)、「カツベン―詩村映二詩文」(みずのわ出版)などの出版が受賞理由になっています。

2022/10/18(火)

見る、話す、聞く。私たちが日ごろ当たり前のように享受しているコミュニケーションの手段を失ったとき、どんな新しいコミュニケーションを創造できるでしょうか。今月初め、神戸アートビレッジセンターで上演された手話裁判劇「テロ」は、聴者、ろう者、視覚障がい者が同じステージに立ち、しかも重要な役どころを演じきったスリリングな劇でした。同じ役を1人は手話で、もう1人は音声で、そしてステージ上にはセリフが字幕で流れる。同時に全盲の役者は暗示的な行動で観客を劇の世界に誘い込んでいきます。

 

劇のストーリーは極めて深刻です。テロリストにハイジャックされた164人乗りの旅客機が7万人収容のサッカースタジアムに突っ込もうとしている。緊急発進した戦闘機のパイロットが独断で旅客機を撃墜します。そのパイロットは有罪か無罪か。法廷では、さまざまなコミュニケーションが機関銃のように飛び交います。そして判決は陪審員の観客にゆだねられます。

 

演出を担当したピンク地底人3号さんは「練習に費やした7カ月間が作品ですね」とアフタートークで明かしていました。情報伝達の壁を乗り越えるために全員が悪戦苦闘した経過こそ作品なのでしょう。その様子が思い浮かびます。目指すべきユニバーサル社会のモデルを見せてくれたキャスト、スタッフ全員を称えたいと思います。

2022/10/11(火)

演奏者と聴衆が転々と移動しながらジャズを楽しむ神戸ジャズストリートが3年ぶりに帰ってきました。北野町界隈では8日と9日、デキシーを陽気に奏でるおなじみの楽隊がパレードで開会を告げ、あたりはジャズのムード一色に。各会場となったレストランやバーなどの前にはファンの長い列ができ、プログラムを片手にそぞろ歩きをしながら「次は何を聴こうか」と大いに盛り上がっていました。その様子を眺めながら正直胸をなでおろしたというのが共催者の一員としての偽らざる心境です。

というのも3年前の第38回が台風襲来で1日目が中止になり収支計画が大幅にくるってしまったのです。結果的にコロナの感染拡大で一昨年と昨年、開催を見送らざるを得ませんでしたが、資金的にも39回目の開催が危ぶまれていました。日本のジャズ発祥の地であり、全国各地に誕生したジャズストリートのルーツでもある神戸から、ファンに長年愛されてきた“元祖ジャズストリート”が消えてしまうのでは、と主催者たちは焦燥感を募らせていました。

 今回、新たにクラウドファンディングなどを活用して採算のめどをつけ、晴れて開催となったことは共催者としてだけではなく、神戸市民としても感謝の気持ちでいっぱいです。大御所の北村英治さん(クラリネット)や東京のバンドも駆けつけ、例年に劣らぬ華やかさとなったことを心から誇らしく思います。

さて来年は神戸で初めてプロのバンドによるジャズが演奏されたから100年。そして節目の第40回は前夜祭106日、本番7、8日と決まっています。不死鳥のジャズストリート、どんな演奏を聴かせてくれるか今からわくわくします。

2022/10/5(水)

“弱音(じゃくおん)”がこんなに美しいなんて。神戸市室内管弦楽団がショパン国際ピリオド楽器コンクールで2位になったピアニストの川口成彦さんを招いて開催した神戸文化ホールでの定期演奏会は、まさに「耳を澄まして聴く」コンサートでした。ピリオド楽器とは古楽器のことですが、大昔の楽器ばかりではありません。ピアノの詩人、ショパンが弾いていた19世紀前半の楽器は現在のものよりずっと小ぶりです。この日演奏された彼のピアノ協奏曲第2番は通常なら大型のグランドピアノがオーケストラを相手に迫力のある音をホール内に鳴り響かせるところですが、川口さんが弾く200年前のフォルテピアノはささやくようです。

指揮者の鈴木秀美さんが「弱音を楽しんで」とプレトークしてくれましたから、耳をそばだててフォルテピアノに意識を集中していると、川口さんの指先から表情豊かな音がくっきりと浮かび上がってくるのです。それは暗闇で目を凝らしていると情景が見えてくるのに似た不思議な感覚でした。

ピアノの歴史とは、大きな音が鳴らせるようになり、音域が広がってきたとは鈴木さんの解説ですが、その過程で“弱音”の魅力が失われてきたとすると、楽器の進化とは何なのか。川口さんがアンコールで弾いたショパンのノクターン第20番「遺作」を聴きながら、正解のない疑問が哀愁に満ちた曲とともに頭の中を巡っていました。

2022/9/26(月)

ある日、小学校から帰ると、

うちに1匹のネコがいた。

やせっぽちでずいぶんとみすぼらしい。

 

こんな出だしの絵本「カギしっぽのフク」が届きました。作者は昨年12月、62歳で急逝した元神戸新聞記者の太田貞夫さんです。私のかつての後輩で、記者職の後は文化事業を担当していたこともあって、気心の知れた仲でした。あまりに突然の他界に心の空白を埋められずにいましたが、かわいい三毛猫の表紙の絵本が天国から届いた彼からのメッセージのように感じられ、いとおしくページを繰りました。

捨てネコのフクを獣医さんから引き取ってきたばあちゃんとぼくのささやかな暮らしを優しい眼差しで描いています。一見幸せそうなのですが、一家は阪神・淡路大震災で両親を失っており、フクのおかげでばあちゃんとぼくが生きがいを見出していく再生の物語でもあります。

淡々とした文章なのに、隅々までリアリティーがあるのは、引き取ったネコとの暮らしが事実に基づいていることや彼自身が震災の被災者であり、震災報道に没頭した記者だったからでしょう。

絵本に仕上げる前に亡くなったため未完で終わってしまうところ、妻の聖子(まさこ)さんが彼の元同僚いなだ みずほさんに絵を依頼して、完成させたとのことです。

「先に天国へ行ってしもて、ごめんな。…」

ぼくのお父さんの夢の中の言葉ですが、やっと彼の別れの言葉が聞けたようなぬくもりを感じながら本を閉じました。

出版元は文芸社。本屋さんや通販サイトでも購入できるそうです。税込み1100円。

2022/9/20(火)

当財団のアートマネジメント講座の一つとして今月から女性講師によるキャリア・プランニング講座を開いています。初回は愛知県芸術劇場のエグゼクティブプロデューサーの唐津絵里さんをお迎えしました。唐津さんはダンサーとしての経験を生かしたダンスフェスティバルやダンスオペラの企画、韓国やオーストラリアなど海外の芸術団体との共同制作を実現させてきた名プロデューサーです。斬新な発想やどう困難を乗り越えて舞台化してきたか秘訣を聴くだけでもアートマネジメントに携わる者やその道を目指す学生らには大いに参考になります。

しかし、それ以上に私の心をとらえたのは、唐津さんが出産、育児、かつ介護もやり遂げてきたもう一つの道のりでした。「仕事先のホールに行くときは、周辺の託児施設を探し子どもを預けて仕事をしました」という苦労は、男の私には想像もできないことです。そして、今では当たり前になっている旧姓使用も27年前、しかも県職員という立場を考えると生易しいことではなかったでしょう。

仕事だけではなく女性としてもフロンティアの役割を担ってきた唐津さんの歩みは後に続く女性たちに大いに勇気を与えたに違いありません。男性にとっても真の「男女共同参画」とは何か、私のように“気づき”の場になったのではないでしょうか。今回の講座自体、育児経験のある女性職員の企画です。日本のジェンダーギャップ指数は世界116位。当財団も足元から改革していかなければ、と痛感します。

次回は1029日、城崎国際アートセンター館長の志賀玲子さんです。ふるってご参加ください。

2022/9/14(水)

突然ですが、松方幸次郎、大谷光瑞(こうずい)、光村利藻(としも)。この3人と、そして神戸との関わりをご存知でしょうか。知っている方は相当神戸の歴史にお詳しい。名前も聞いたことがないという人が大半ではないでしょうか。

まず松方幸次郎ですが、世界三大美術コレクションの一つ「松方コレクション」のコレクターです。そこまでは知っていても、では日本に持ち込まれた作品群が神戸で所蔵され、日本初の大規模な美術館構想まであったことはいかがでしょう。

次なる大谷光瑞。大谷探検隊を組織して中央アジアなどを踏査しました。さて、持ち帰った膨大な埋蔵品などを調査研究していたのが六甲山麓に建てた摩訶不思議な殿堂だったことはどうでしょう。

そして光村利藻。神戸から撮影隊を率いて日露戦争に従軍し、旅順の攻防戦や日本海海戦の鮮明な記録写真を残しています。さらに日本で最初に神戸で映画撮影をして銀座などで上映したことはほとんど知られていません。

先日、公益財団法人井植記念会の「垂水文化講座」で、「神戸を創った巨星たち」と題してこの3人と神戸に焦点を当てたお話をしました。明治大正期の神戸で日本の文化を西欧に劣らぬ高みに引き上げようと桁外れの挑戦を試みた巨星たちの功績に光を当てたかったからです。いずれも現代につながる偉業を成し遂げたにもかかわらず、残念ながら名前も足跡も歴史の淵に沈んでいます。

忘却の彼方から巨星たちを手繰り寄せ、3人が牽引した文化の灯をさらに輝かせたい。当財団も彼らからバトンを受け継ぐランナーであらねばなりません。

しかし、この時代、神戸の文化を支える主役はもちろんコンサートや美術展に足を運んでくださる市民の方々であることを講演の最後に申し添えておきました。

2022/9/8(木)

先月末、長野県松本市で開催中のセイジ・オザワ松本フェスティバルに行ってきました。小澤征爾を総監督として国内外から一流の演奏家が毎夏集うクラシックの祭典です。コロナ禍のために2年休んだこともあって、まち全体が息を吹き返したように活気づき、音楽祭がまちや市民にもたらす恩恵の大きさにあらためて感動しました。

実は昨年も直前まで開催する方向で準備万端整っていたのですが、感染拡大で急きょ中止に。室内楽やオーケストラ演奏を楽しみにしていた私と妻は悩んだ末、夏休みを兼ねて観光でもしようと予定通り神戸空港から松本へ飛び立ちました。

しかし、そこで目にした光景はといえばコロナ前のにぎわいが幻だったかと思えるほど。目抜き通りまで閑散としており、街路にはためく音楽祭のバナーが痛々しく見え、直前中止の衝撃の大きさを物語っているようでした。

今回、再び生気を取り戻したまちに安堵したのですが、神戸の文化事業に携わる者として、音楽祭をまちの活力剤にまで育て上げたフェスティバル関係者に羨望の念を抱かざるを得ません。

でも、演奏会では神戸出身でドイツのオーケストラに所属するコントラバス奏者の幣隆太朗や第8回神戸国際フルートコンクールで優勝したセバスチャン・ジャコーの姿を発見し、「こちらも負けていないぞ」とひそかに決意して演奏を楽しんできました。

2022/8/31(水)

コロナ禍に連日の猛暑が重なった8月ももう終わりです。2年ぶりに行動規制が緩和された夏休みでしたが、みなさんはどんな体験をされたでしょう。仙台育英高が東北勢として初めて優勝旗を持ち帰った夏の高校野球は大いに盛り上がりましたが、神戸文化ホールでの“文化の甲子園”も負けず劣らず熱い戦いが繰り広げられました。

 今年で34回目となった全日本高校・大学ダンスフェスティバルや37回目のジャパンステューデントジャズフェスティバルはその代表格で、各地から若者たちが創作ダンスやビッグバンドの頂点を目指し神戸に集いました。

 それぞれ期間中、ホールがある大倉山一帯は出場チームであふれかえります。当然ながらホール内に入りきれません。正面のロータリーから多い時は山手幹線を越えて中央体育館前の広場まで埋まります。舞台映えする奇抜な衣装に派手な化粧のダンスチーム、サックスやトロンボーンなどを抱えたジャズチームが川の流れのように連なり、玄関前では渦を巻いているようです。混乱しているとしか見えませんが、実はこれが当ホールの夏の風物詩。各方向からステージに向かってきちんと動線が決められており、出場チームは分刻みのタイムスケジュール通り舞台に上がって行きます。

 さて、本番を終えた部員たちの動線はホール東隣の公園へ。そこでは、みんなそろっての記念撮影が待っています。本番前の張りつめた表情はすっかりほころび、達成感に包まれ和やか表情でカメラに向かう若者たち胸には、きっと生涯忘れられない思い出が刻まれていることでしょう。

2022/8/24(水)

字が上手な人がうらやましい。自分の悪筆が子どものころからずっとコンプレックスなのです。展覧会の受付で署名するのが大の苦手。前に書いた人が達筆だったりすると冷や汗ものです。

そんな私が、東灘区文化センターのうはらホールで開催された「書の芸術祭」に参加しました。足を踏み入れるときはまさに嫌いな食べ物を口に放り込む心境です。しかし、意外や意外、漢字や仮名、前衛、篆刻(てんこく)の各ブースをめぐって筆を握っていると、なぜか字を書くことが苦でなくなってきます。思い切って書き上げた半紙を指導の先生に見せると「個性を大切に」の一言。下手を「個性」と表現して下さいました。字は相変わらずですが、先生の思いやりで積年のトラウマが少し和らいだような気がします。

 この催し、8年前に始まったのですが、同じく「悪筆」を自認する当時の館長が地元の書道家前田敦子さんと一緒に始めたそうです。翌年からはいけばなの成瀬香泉さんにも参加してもらっています。コロナで2年中止し今回は3年ぶり。感染予防で寄せ書きを縮小するなどしましたが、それでも子どもからお年寄りまで180人近くが書に取り組みました。

 中でも圧巻は兵庫高校、須磨東高校の書道部パフォーマンス。音楽に合わせて袴姿の部員たちが「東雲の空に誓う…」などと流麗に筆を滑らせていきます。やっぱり達筆はいいな、とため息が出ます。

 さて、広いホールの床面にシートを敷き、各ブースのセッティングなど、いつもと違うイベントだけに手間がかかります。毎回準備から後片付けまで館長以下スタッフは大忙しです。しかし、私のように書道の苦手意識から解放される人がいることに免じて来年以降もよろしくお願いします。

2022/8/18(木)

お盆も明け、子どもたちの夏休みも残り2週間を切りました。そろそろ2学期やたまった宿題などが気になってくるころですね。そんなタイミングで子どもたちをお伽の世界にいざなってくれる音楽劇「気づかいルーシー」が神戸文化ホールで上演されました。岸井ゆきのさん演じる少女「ルーシー」を中心に「おじいさん」や「馬」や「王子様」が登場するメルヘンの世界ですが、そこは松尾スズキさんの原作、気鋭のノゾエ征爾さんの脚本・演出です。夢のような世界なのに、考えさせられることがいっぱい。楽しい歌と踊りにうっとりした子どもたちは、きっといくつもの「?」を頭に浮かべながらホールを後にしたことでしょう。いつの日か、その「?」が人生に栄養となることを願っています。

実はこの作品、東京芸術劇場で上演した後、神戸など全国6会場を巡回するはずだったのですがコロナで東京公演が中止となり、今回のツアーで神戸が初舞台となりました。それだけに文化ホールで無事上演できたことに感謝するとともに、続く5会場での公演成功を祈らずにはいられません。一人でも多くの子どもたちに「?」を。「ルーシー」たちの活躍に期待しています。

2022/8/8(月)

 11人の男性オペラ歌手が朗々と“愛のメッセージ”を歌い上げる神戸新聞松方ホールでの「カンツォーネ ダ コウベ」は、今年で24回を数え、すっかり神戸の夏の風物詩となっています。今回も熱唱のたびに満席の会場からは拍手が鳴りやまず、感染防止で声の代わりに「ブラボー」などと書いた団扇やスカーフを振って感動を伝えるファンも少なくありませんでした。

 コロナ前はコンサートが終わったころに会場近くの港内から花火が打ち上げられ、聴衆はホールの屋外デッキから夜空を焦がす色とりどりの大輪の花をカンツォーネの余韻に浸りながら堪能できました。来年の夏には歌と花火がセットで楽しめることを願わずにはいられません。

 さて、海上花火大会に合わせて8月最初の土曜日に花火が間近に見られる松方ホールで男だけのカンツォーネを歌うという凝りに凝った企画、いったい誰の発案なのか、主催する兵庫県音楽推進会議の代表宮本慶子さんにお尋ねしました。そのアイデアマンは、かつて文化ホールで毎年開催していた神戸アーバンオペラハウスや神戸市混声合唱団の創設にかかわったバリトン歌手三室堯(みむろ・たかし)さんとのことです。残念ながら2000年に62 歳で急逝されましたが、企画は脈々と受け継がれ、若い歌手も新たに加わっています。一人の歌手が生んだ男と花火と海のカンツォーネ、まさに神戸だけの“鉄板コンサート”です。

2022/8/1(月)

芸術に国境はありません。

芸術によって世界が平和になることを願っています。

戦争は、決してしてはなりません。

 

先月、中央区文化センターのオープニングイベントの一つとして上演されたダンス「緑のテーブル2017」の冒頭、「風」を演じた貞松融さんが訴えかけた言葉です。本作のもとはドイツ表現主義舞踊の泰斗クルト・ヨースの振り付けにより、1932年に発表された作品で、ナチス政権誕生直前の不穏な雰囲気が濃厚に漂っています。ダンスカンパニーのアンサンブル・ゾネを主宰する岡登志子さんがリメイクして、今回の再演となりました。岡さんによるとヨースの作品は戦後「反戦バレエ」と呼ばれ、現代舞踊の発展に大きな影響を与えたとのことです。

貞松さんは全国屈指のバレエ団、貞松・浜田バレエ団の創設者であり、今年90歳。国民学校時代に太平洋戦争が始まり、武器となる金属の供出や疎開先では出征兵士の見送りにも立ち会っています。出演者の中で唯一戦争を知る世代であり、平和に対する思いの強さは長年のバレエ団の演目や国際交流に反映されてきました。

「芸術が死んでいった」あの時代に生きていたからこそ平和を希求する貞松さんの「風」は、今回の上演のベストキャストと言っても過言ではないでしょう。77年目のヒロシマ、ナガサキがまもなく訪れます。

2022/7/26(火)

先日、神戸文化ホールで「こどもコンサート 海はひろいなおおきいな」を聴いていて 頭に浮かんだのは、なぜか変装の名人が登場する江戸川乱歩の「怪人二十面相」でした。

 コンサートでは、神戸市室内管弦楽団が一滴の水が川となり海へとつながっていることを和洋の音楽で表現する一方、混声合唱団が「南の島のハメハメハ大王」などを明るいキャラとお得意のパフォーマンスで歌い、会場を大いに盛り上げてくれました。あちこちで赤ちゃんの泣き声が聞こえ、通路を走る子もいましたが、そんなことがまったく気にならないイベントなのでお父さんやお母さんも心ゆくまで音楽を堪能していました。

 冒頭の変な連想なのですが、客席から静かに舞台を見ているコンサートの“形”がここまで変化したことに感動を覚えたからです。開演前の場内アナウンスからして、いつもと真逆でした。「客席で動いたり音が出てもかまいません」「公演中でも入場も退場もできます」「場内は暗くしません」。これなら、赤ちゃんが泣いたりぐずったりしても、親御さんは周りを気にする必要はありません。自由に出入りできてしかも足下が暗くないので安心です。

 これからのホールは「怪人二十面相」のように多様に変化し、子どももお年寄りも障がいのある人もすべての人が楽しめる場とならなければ、と、明智小五郎ではありませんが、頭を巡らせているところです。

2022/7/20(水)

 金昌国先生が15日に逝去されました。金先生は往年の名フルート奏者であり、東京藝術大学フルート科教授として多くのフルーティストを育てたクラシック音楽界の功労者ですが、神戸にとっては神戸国際フルートコンクールの育ての親として忘れられぬ存在です。

 昨年度、第10回の節目を迎えたコンクールはコロナ禍によってすべてオンライン審査となりました。それでも45カ国・地域から483人のフルーティストが応募する世界的な音楽コンクールの一つとして不動の地位を誇っています。その理由の筆頭に挙げられるのは厳正な判定を下す審査員たちが著名な国内外のフルーティストであり、上位入賞した挑戦者の多くが有名オーケストラに所属しているほか、ソロ奏者、指導者として活躍しているからでしょう。

 その土台を築いて下さったのが金先生でした。当時を知る神戸市の幹部職員OBの話では、設立時、ピアノやヴァイオリンと違って世界的にライバルとなるコンクールが少なく、しかも愛好家の多いフルートに白羽の矢を立てたものの、どのように運営すればいいのか分からず、助けを求めたのが神戸高校出身の金先生だったとのことです。

 金先生はコンクールの評価は審査員の顔ぶれで決まると第1回から名だたるフルーティストを候補に挙げ、一人一人、口説き落としていきました。最初のコンクールではジャン=ピエール・ランパル、ジュリアス・ベイカー、3回目から6回目まではオーレル・ニコレら、そうそうたる奏者が審査員に入っています。中でもランパルといえば、当時クラシックファンでなくても名の知れた天才フルート奏者であり、審査のレベルの高さが神戸のコンクールを一気に世界クラスに押し上げたともいえます。超多忙な現役奏者たちを2週間も神戸にくぎ付けにするのは並大抵のことではありません。金先生の次世代のフルーティストを育てたい、との高い理想と誰からも慕われる人柄あってこその偉業です。

 ここに謹んで金先生のご冥福をお祈りするとともに、これからも神戸国際フルートコンクールの発展を見守って頂きますように。

2022/7/13(水)

前回に引き続き、「舞台見学会」についてのつぶやきです。神戸電子専門学校の先生や学生たちが神戸文化ホールの見学後、アンケートに答えてくれました。まずうれしいのは、ほぼ全員に満足してもらえたことです。冒頭の反響板の収納も「すごく迫力がありました」「感動しました」などと、立案したホール舞台課のスタッフたちのねらい通りとなりました。

また、照明や音響を学ぶ学生らしく「ピンスポットを正確に照射するのは難しかった」「スピーカーの組み立ては難しそうだけど楽しそう」など、実技の醍醐味も味わえたようで「普段見られない裏側を見られて興奮しました」と書いてくれています。

舞台上の「10の間違い」を探すコーナーでは「分からなかったところは自分の足りないところ。これから勉強していきます」と、舞台スタッフを目指す学生の回答は真剣そのものです。

熱心に答えてくれたアンケートを読みながら、あらためて同校と「包括連携協定」を結んで良かったと実感しています。日々の公演でお客様に喜んで頂くことはもちろん最優先ですが、将来の夢に向かって懸命に努力する若者たちに、こんなお手伝いをすることも当財団の大切な役割であることを教えてくれました。

この見学会の模様が同校のホームページで紹介されています。さすが同校の先生による撮影で学生さんや説明役の財団職員の表情がいきいきととらえられています。以下のURLをクリックしてください。

https://www.kobedenshi.ac.jp/whatsnew/?p=41983

 

2022/7/6(水)

ステージ正面、両サイド、そして天井。重さ何トンもある大きな反響板がゆっくりと収納されていきます。単なる機械的な動作なのですが、絶妙な音響と照明の効果によってドラマチックに雰囲気が盛り上がり、さながらSF映画を見ているようです。訪れた約50人の若者たちが心を鷲づかみにされたのもうなずけます。

今月初め神戸文化ホールに神戸電子専門学校サウンドテクニック学科の学生たちを招いて行われた「舞台見学会」。当財団と同校との「包括連携協定」の第一弾として実施されました。普通の見学では学生たちを満足させられないと、同校を卒業した職員をはじめホール舞台課のメンバーらが1カ月前から、舞台技術の大切さと面白さをどう伝えるか、検討を重ねてきました。

ステージ上に仕掛けられた「10の間違い」。学生たちが数班に分かれて舞台や照明室などを探し回り、その先々で職員たちから機材の説明や操作方法を教えられ、舞台技術の奥深さを発見するツアーとなっているのです。

さて、この見学会のきっかけとなった「包括連携協定」ですが、当財団にとっても同校にとっても必要に迫られての締結なのです。文化芸術の発信拠点としてホール・劇場に要求される創造的役割は質量ともに年々増しています。しかし、アーティストたちとともにステージを作り上げていく舞台技術の人材は慢性的に不足しており、専門人材の養成は国の指針でも求められています。

この日、学校内のスタジオなどで音響や照明を学んでいる同校の学生たちにとって、2000席のホールで実際に音を響かせ、さまざまな光を照射する体験はまたとない実地研修となったことでしょう。当財団にとっても学生たちがホールで経験した醍醐味をきっかけに舞台のスペシャリストを目指してもらえれば、苦心した企画が報われるというものです。

2022/6/29(水)

 神戸文化ホールって、どんなホール? 

ステージや座席数など形式や広さ、音楽向き、演劇向きといった機能ではなく、広く市民にどう受け止められているのか、実のところ日々運営に携わっている私たち財団の職員にもよく分からないのです。公演ごとにお客様にアンケートをお願いしていますが、記入して頂くのは主に鑑賞者の年代や住所地、公演や施設、サービスの印象などです。来場者だけでなく、全市民、さらに兵庫県内の人たちに「あなたにとって文化ホールとは」と、あらためてお聞きしたことはないのです。

 そんな疑問にずばり答えてくれる画期的なインターネット調査が政策研究大学院大学(東京)の垣内恵美子先生、小川由美子先生によって行われました。計2000人弱(サンプル)に文化ホールを知っているか、利用の有無、行かない理由などを尋ねています。

 回答結果としてうれしいのは神戸市内での認知度が9割を超え、繰り返し利用している人も半数近く、神戸を除く県内でも認知度は7割強と全国の公立ホールでもトップクラスに位置していることです。さらに、行ったことがあると答えた700人弱を対象にした調査では過半数が文化ホールを「人や芸術と会える場所」「優れた芸術に触れる場所」とイメージしているとの回答でした。

 しかし、好意的な回答に喜んでばかりいては運営者としては失格です。「知っているが、行ったことはない」が神戸市内で27%、市外で44%。この人たちにどうすれば、来て頂けるようになるのか、真剣に知恵を絞らなければなりません。ほかにも改善すべき点、努力すべき点が調査結果から明らかになりました。

 このデータを基にした垣内先生らの研究論文がまもなく出来上がります。熟読して、さらに来場数も満足度もアップする神戸文化ホールを目指します。来年は開館50年です。

2022/6/22(水)

久元喜造神戸市長のブログに、文芸評論で知られる川本三郎さんの「『細雪』とその時代」を「面白く、二日で読み終えました」とありました。「細雪」はもちろん文豪谷崎潤一郎の大作ですが、久元市長は川本さんが「細雪」を通して昭和十年代の神戸・阪神間を瑞々しく描いているところにとくに感銘されたようです。

市長と似た年代に共通するのでしょうか、私も生まれる少し前の時代に引き寄せられている一人です。とりわけ国際港湾都市として日本の玄関口だった神戸が空襲で焼け野原になる前はどんなまちだったのか、あれこれ書物も読んできました。しかし、詳細な歴史書でも当時の臨場感までは味わえません。そんな折、題名に引かれて買った一冊の文庫本に長年の探し物を見つけたような感動を覚えたのです。

「神戸・続神戸」。戦況が傾き始めたころから、「トーアロード」のホテルを舞台に、多国籍の滞在者らが織り成す人間模様を新興俳句運動の旗手、西東三鬼がつづった自伝的作品です。戦後、俳句雑誌に連載されたもので、フィクションを含んでいるには違いありませんが、国際都市らしい神戸の雰囲気が鮮やかによみがえってきます。官憲からにらまれてはいても、ホテルの空気はいたって自由なのです。巻末の解説で作家の森見登美彦さんが「戦時下の神戸に、幻のように出現する『千一夜物語』」と記しています。神戸がそんなまちだったことを誇らしく思う半面、戦後生まれは千一夜物語のホテルには泊まれないことがちょっぴり寂しくもあります。

2022/6/14(火)

ずいぶん昔になりますが芸術活動を対象にした補助金申請の選考委員を務めたことがあります。そのときの第一印象は「申請するってなんと面倒くさい」でした。どんな事業をどんな趣旨でやろうとしているのか、芸術的価値や計画実現性、予算などを事細かく記述しなければならないのです。

元選考委員としてお許し頂きたいのですが、たくさんの候補の中から公平に選ばなければならないので、どれも必須項目なのです。趣旨説明では、選考委員を納得させるため文章表現にも手が抜けません。社会状況とも無縁であってはインパクトが弱まります。また、選ばれたら選ばれたで、予算に従い何を何に使ったか逐一領収書を添付して詳細に報告する義務があります。書類作成にたけている人なら容易かもしれませんが、たいがいはこの手の作業に不慣れな人たちが申請するのです。当時、審査にあたっていて申請者たちのため息が聞こえてくるようでした。

一昨年、コロナ禍の芸術活動を支援しようと当財団が神戸市とともに行った「頑張るアーティスト!チャレンジ事業」に応募した人たちも申請書作成に頭を悩ませたことでしょう。補助を受けた人にアンケートすると、案の定、国や自治体の補助制度をリサーチする段階で、どんな支援が受けられるのか、どう活用すればよいのかよく分からず、「申請をあきらめた」との声が寄せられました。

そんなアーティストたちに知ってほしいのが当財団の「こうべ文化芸術相談窓口」です。神戸市内在住、在勤、主に市内で活動している人たちを対象に企画実現ためのアドバイスをしています。書類作成は代行まではできませんが、どのような補助金が使えるかなど、どういったポイントを押さえればよいか答えてくれます。補助金申請の壁を乗り越えるだけでなく資金計画や活動拠点探しなど幅広く相談に応じています。内容によってはその道のエキスパートにもつなぎます。昨秋から始めていますが、これまで音楽や演劇、書画、造形など50件近く問い合わせがありました。

アーティストのみなさん、あきらめないでください。窓口はこの財団ホームページにありますよ。

2022/6/6(月)

 いま、公立ホールを運営する私たちにとって大きな比重を占めているミッションは社会包摂です。一般にはなじみの薄い言葉ですが、端的に言えば年齢差や障がいの有無にかかわらず演奏や演技を披露でき、または楽しんで鑑賞してもらえるホールを目指す、ということです。段差をなくすなど施設のバリアフリー化を連想しがちですが、実は従来のホール運営の概念を一新しなければならないほど奥の深いテーマなのです。

 「一般のコンクールとはまるで逆でした」。先月末に神戸文化ホールで開催された、障がいのあるアーティストのための「Para 国際音楽コンクール」の舞台進行を担当したスタッフからこんな報告を受けました。例えば演奏者に向ける照明は、従来は公平性から同じ照度を維持します。しかし、このコンクールでは光に抵抗感のある演奏者もおられるため、各挑戦者が不快感を持たない照度をその人ごとに調整しました。

「次の奏者にはこのような障がいがあります」と伝えられ、その人のベストコンディションとは何かを真剣に考えたと言います。付き添いのお母さんが合図しないと演奏が止まらない子どもや当日までどの指が動くか分からないというピアニストなど、その多様性に驚かされた一方、「どの演奏者もとてもレベルが高かった」と感動するスタッフはこのコンクールから多くのことを学んだようです。

 ホールはハンディーのない健常者だけが利用する場であっていいはずはありません。

「みんなちがって、みんないい」

金子みすゞの詩のように、誰もが使いやすく楽しんでもらえるホールをどう実現するか、既成概念にとらわれず考えていかねばと思います。

2022/6/1(水)

神戸市内の全市立小学校を訪問して子どもたちに生の音楽を経験してもらうアウトリーチ事業「小学生に向けた音楽の贈りもの」が今年度で4年目になります。当初は神戸市混声合唱団のメンバーが低学年、同室内管弦楽団のメンバーが高学年を担当してきましたが、2年前からは神戸音楽家協会にお願いして地元の演奏家にも加わってもらっています。

 コロナの影響で学校行事が中止や延期になる中、音楽担当の先生を中心に学校側の協力で感染防止に注意を払いながら、やっと低学年67校、高学年71校訪問しました。しかし、どちらもまだ半分に達しておらず、今年度はびっしりとスケジュールが入っています。

 体育館などに集まった子どもたちは、クラシックの名曲や人気アニメのテーマソングの演奏を聴くだけではありません。実際に楽器を鳴らしてみたり、合唱団員オリジナルの音楽劇に参加して踊るなど、耳だけでなく体全体で音楽の魅力を味わっています。子どもたちの目の輝きと楽しそうな反応が訪問した音楽家たちのやりがいでもあります。

 気長な話ですが、生の演奏を聴いてもらうことで、将来のクラシックファンを増やしたい、その中から音楽に携わる人が出てくればと願っています。でも、そこまで行かなくても、芸術に感動する心豊かな子どもが育ってくれればいいのです。

まだ来てないよという学校の子どもたち、必ず行きますから待っていてくださいね。 

2022/5/27(金)

 広島県福山市で開催された音楽祭に神戸市室内管弦楽団が参加し、最終日の22日、メイン会場のリーデンローズ大ホールでハイドンの交響曲などを演奏しました。同市は瀬戸内海の景勝地、鞆の浦で知られていますが、新幹線の駅を降りたら一目瞭然、バラのまちでもあるのです。空襲で焦土と化したまちをよみがえらせようと市民が1000本のバラを植えたのが始まりとのことです。今では100万本にまで増え、この時期いたるところで色とりどりの満開のバラが馥郁たる香りを漂わせています。

鞆の浦をはじめ今年で築城400年になる福山城など、観光資源は少なからずありますが、バラのまちはまさに市民が自発的に取り組んできたシビックプライドであり、今やシティープロモーションにもなっています。神戸でも植物園や公園などで季節の花を楽しむことはできますし、アジサイが市民の花にはなってはいますが、まちの代名詞とまでは言えません。福山市民のバラ愛に圧倒されるとともにうらやましくもあります。

それから、驚いたのは5日間の期間中、1万人以上の市民がさまざまなクラシック音楽を堪能したということです。私たちの公演にも1時間以上前からホール前に長い行列ができました。神戸市の3分の1の人口ながら市民に音楽文化が根付き花開いている。主催者側の地道な努力に学ぶべき点が多いことを痛感した音楽祭でもありました。

2022/5/19(木)

 神戸在住のイタリア人ヴァイオリニスト、マウロ・イウラートさんが六甲山上に野外ステージをつくり、先日、オープニングセレモニーがありました。当日は爽やかな快晴で野鳥のさえずりと協演するように六角形のステージ上で奏でられたマウロさんのヴァイオリンにうっとりしました。

 その式典のお祝いのスピーチで触れたのですが、これからの時期、六甲山や市内のあちこちで私たちの目を楽しませてくれるのがアジサイです。1970年に市民アンケートで神戸市民の花になっており、神戸文化ホールの正面壁面のモザイク画もアジサイです。しかし、この花、全国各地で咲いており、神戸原産とか発祥といったいわれはありません。では、どうして神戸市民の花となったのでしょう。思い当たるのはやはり六甲山に咲き乱れるアジサイからではないでしょうか。

 しかし、そこでまた疑問が頭に浮かんできます。今では緑豊かな六甲山ですが明治期は、はげ山でした。植物学者もあきれており、写真も残っています。地道な植林活動で現在の姿になったのですが、アジサイがなぜ多いのか。その理由を記した文献にまだお目にかかっていません。

 ずいぶん昔になりますが、興味深い話がひとつ。六甲山をよく知るお年寄りから聞いたのですが、阪急電車の創設者小林一三が大量のアジサイをトラックで運ばせたというのです。六甲山をこよなく愛した一三が地元の人たちに、この山に似合う花は何かと聞いてやったとのこと。ロマンあふれるエピソードなのですが、そんな記録を知っているという方がおられましたらぜひ教えてください。

2022/5/12(木)

 ウクライナとロシアから帰国せざるを得なかった日本人ダンサーたちにステージで踊ってもらい、収益金を戦時下のウクライナの劇場に届けようというチャリティー公演が神戸文化ホール(中ホール)で715日に開催されます。神戸市内のバレエ団体が帰国ダンサーたちの窮状を知って立ち上がったのですが、当財団も趣旨に賛同して、神戸市混声合唱団のメンバーがウクライナの民謡などを歌おうと企画中です。

 先日、主催者と帰国ダンサー5人が神戸市役所の記者クラブでチャリティー公演について会見しました。ウクライナから避難してきたバレリーナたちは、まさかと思っていたロシア軍の侵攻で慌てて避難したが、当たり前だった練習や上演の機会を失い途方に暮れていると、苦しい実情を切々と訴えていました。

共に並んだロシアからの帰国ダンサーたちもつらい思いをしています。その1人はクレジットカードが使えなくなり、SNSも見られず、両親の説得でバレエ団を辞めたと言います。しばらくヨーロッパでダンスの仕事を探したものの見つからず断念して帰国したとのこと。その悔しさをこらえ、所属していたバレエ団のウクライナ人の指導者や団員のことを案じていました。

遠い彼方での戦争がこんな身近なところにも悲劇を生んでいる。国家的暴力の前に立ちすくむ若い才能を目前にして戦争の罪をつくづく思い知らされる会見でした。

義援金ともなるチケットは6月1日から神戸文化ホールのプレイガイドで発売されます。

2022/5/2(月)

 大型連休初日の429日、面白いコンサートが神戸文化ホールでありました。「合唱コンクール課題曲コンサート」。神戸市混声合唱団が今年度の全日本合唱コンクールとNHK全国学校コンクールの課題曲を披露するというプログラムです。全国の学校やアマチュア合唱団が頂点を目指す二大コンクールですから、当日、詰めかけた聴衆の中には、合唱団員や指導者らしき人たちが目立ちました。私の隣に座っていた男性は一曲ごとに身を乗り出して小さく手を振っていました。きっと頭の中で指揮をしていたのでしょうね。

 神戸市混声の音楽監督、佐藤正浩さんの企画、指揮によるプログラムで、昨年度はコロナ禍でやむを得ずYouTubeでオンライン配信しました。しかし、多くの合唱団が半年間練習に打ち込む曲を、プロの合唱団が先行して歌うのですから反響は大きく、今回、初の舞台披露となったわけです。この公演、内実は冷や汗もので年度初めとあって課題曲の楽譜が手に入ったのが4月になってから。本番までの合同練習が2回だけという即席コンサートでしたが、そこはさすがプロの声楽家たちでした。

佐藤さんいわく「模範演奏ではありません」とのことですが、NHKのコンクール課題曲はまったくの新曲ですから、隣のお客さんのように“耳ダンボ”になりますよね。ちなみに私は過去の課題曲を特集した後半のプログラムの中でアンジェラ・アキさんの「手紙~ 拝啓十五の君へ~」に胸が熱くなりました。

今回のコンサート、後日YouTubeで公開されるそうです。また、佐藤さんは来年も趣向を変えながら続けていくと言っておられます。年度初めの恒例事業になるのではと期待しています。

2022/4/27(水)

 新緑のすがすがしい季節到来ですが、今年はいま一つ気分が晴れません。ロシア軍のウクライナ侵攻が始まってから2カ月を過ぎても停戦の兆しすら見えず、そこへ知床半島の観光船事故が重なり、命が失われていく現実に心は萎えるばかりです。きっとみなさんも同じ心境ではないでしょうか。そんな中、本棚から取り出したのは、須賀敦子の旅にまつわるエッセイ集でした。きっと癒しを求める気持ちが「こころの旅」というタイトルにいざなわれたのでしょう。

 須賀敦子といえばイタリア文学の翻訳家で夏目漱石や谷崎潤一郎の作品をイタリア語に訳して日本文学をヨーロッパに紹介した功労者です。また、名エッセイストとしても健筆を振るいましたが1998年に69歳で他界しています。

彼女の生い立ちや青春時代を振り返る「芦屋のころ」などには、芦屋、西宮、神戸の阪急沿線が登場し、戦前とはいえ阪神間の光景が目に浮かび親近感が湧きます。中でも記憶に残ったのが「塩一トンの読書」という短いエッセイです。結婚間もないころ「ひとりの人を理解するまでには、すくなくも、一トンの塩をいっしょに舐めなければだめなのよ」とイタリア人の姑に諭されたという彼女は、古典文学も塩一トンを舐めつくすほど読み込まなければ真に理解できないと語っています。

それは、私たちが携わる音楽や他の文化芸術も同じことでしょう。読み終えて、16歳で終戦を迎え単身ヨーロッパに渡り、最愛の夫を早く亡くしても、孤独の中でペンを執り続けた一人の日本人女性に「しっかりしなさい」と背中をたたかれた気分になりました。

2022/4/19(火)

 当財団の職員が大阪大学の社会人講座の修了証をもらいました。アートに関連する人材育成プログラムということで、弥生時代の土の笛を実際に作ってみるなど興味が湧くカリキュラムですが、中でもまちなかに作品を展示するパブリックアートについて考察するプロジェクトは極めて今日的課題と言えます。

 対象となったのはJR新大阪駅前の設置場所が旧国鉄(JR)から大阪市に変更になったことで管理者がいないモニュメント「タイムストーンズ400」。受講生たちは前衛的な創作活動で海外でも名高い具体美術のメンバーだった作者の今井祝雄さんを訪ね、作り手としての心境を聞き、大阪や神戸の屋外作品を見て回り、シンポジウムを開いています。

 パブリックアートは、その場所のシンボルとして親しまれている作品がある一方、作者が分からない、制作の意図が不明な作品も少なくありません。中には腐食したもの、木の茂みに隠れてしまっているものもあり、プロジェクトの記録集には「私が注目しただけでも価値があったのか」との受講生の嘆きの声も。神戸市はかつて野外彫刻展を開催し、まちなかに積極的に作品を展示してきただけに、パブリックアートのその後について真剣に向き合う必要があるでしょう。みなさんの近くにどんな作品があり、いまどのような状態になっているか、見つめ直してみませんか。

2022/4/12(火)

横浜の女性声楽家3人がウクライナの人々を励まそうと、ほぼぶっつけ本番、ウクライナ国歌の歌詞をカタカナで覚え歌っているニュースがありましたね。YouTubeで聴いた同国の人たちから「感動した」と反響があったとのことです。もちろん、ネイティブの人からすればおかしな発音があったに違いありません。それでも、否応なく祖国から逃れなくてはならない人たち、祖国を守るために戦わねばならない人たちには、どんな名演奏より心に響いたことでしょう。

一つの歌が人々に勇気を与え奮い立たせる。誰もが思い浮かべるのは19世紀末、シベリウスが作曲した「フィンランディア」です。帝政ロシアの圧政に苦しめられていたフィンランド国民の愛国心を鼓舞し、ロシアが演奏禁止にしたことはあまりに有名です。それから120年を経て、ウクライナ国歌「ウクライナは滅びず」が、また同じ役割を果たしています。日々、破壊されたまちの映像が流れ犠牲者の数が増えていく中、日本にいる私たちに何ができるのか。音楽家としてカタカナでのウクライナ国歌斉唱に踏み切った彼女たちに賛同と感謝のエールを送りたいと思います。

2022/4/4(月)

神戸アートビレッジセンターのKAVCシネマが年度末の3月末で終了しました。開館26年になる同センターの魅力をさらに高めようと、子どもたちがアートに親しめるコーナーを新設するなど、今年秋から神戸市が施設改修工事に入るためです。開設当時と異なり、元町映画館や神戸映画資料館が誕生し、商業ベースに乗りにくいために封切り映画館では見られなかった作品も見られるようになったこともあり、施設のスペース上やむを得ない決定となりました。

しかし、KAVCシネマに映画の面白さを教えてもらった一人としては、やはり寂しいですね。さまざまなジャンルの作品と出合ってきましたが、忘れられない一つが「日本喜劇映画特集」です。戦後の日本人を大いに笑わせてくれた今は亡き喜劇俳優たちが昭和の庶民の暮らしとともにスクリーンによみがえり、あまりの懐かしさに涙ぐむ人もおられました。ゲストとしてトークショーに登場した大村崑さんはまさに新開地近辺の生まれ育ち。子ども時代、新開地の劇場が遊び場で、子役で飛び入り出演したという秘話まで聞けました。

終盤で人気を博した「三船敏郎特集」は配給条件が難しく、なかなか他館が手を出せなかったところ担当者が熱心に交渉して上映に漕ぎ着けました。地味だが余韻が残る作品が多いのもKAVCシネマの特色だったように思います。

長年ご愛顧頂いた映画ファンに厚く感謝申し上げるとともに、これからも進化する神戸アートビレッジセンターにどうぞご期待ください。

2022/3/25(金)

 まもなく4月、とりわけ新入生や新入社員にとっては、新たな生活に心弾む季節ですが、今年は霧が立ち込めたようにすっきりしません。3年目に突入した新型コロナは感染者の減少が鈍く、まん延防止等重点措置が解除されてもマスク着用やアルコール消毒など施設利用は規制がかかったままです。そこへロシア軍のウクライナ侵攻です。連日のニュースで悲惨な光景が映し出され、日々犠牲になっている一般市民へ哀悼の念を禁じえません。

完全に廃墟と化したまちを見て思い出すのは被災者として神戸大空襲を克明に描いた長田区出身の舞台美術家、妹尾河童さんの自伝的小説「少年H」です。焼夷弾による火の海の中を母親と奇跡的に逃げ延びた場面は鬼気迫るものがあります。ウクライナの人たちも同じく生死の境に立たされていると思うと心が痛みます。

9年前、「少年H」の映画化の際、河童さんに頼まれて新聞社から借りた1枚の航空写真は今も忘れることができません。それは北野町にぽつんと建つ白い回教寺院以外、すべて灰塵と化した神戸市全景です。これが77年後のウクライナの現実なのです。

被災者の心を癒す文化芸術の出番がいつめぐってくるのか、一刻も早く凶暴な戦の嵐が去り、穏やかな平和が訪れることを遠い神戸から願わずにはいられません。

2022/3/10(木)

 予兆はあったものの、まさかのロシア軍によるウクライナ侵攻で、東欧から遠く離れた日本でも陰鬱な空気が垂れ込めています。冷戦終結後、曲がりなりにも国家間の大きな戦争がなかったヨーロッパで、目を覆いたくなるような破壊と幼い子どもまで巻き込んだ犠牲が日々怒涛のように報じられています。ミサイル攻撃や砲火にさらされているウクライナの人々に何ができるか自らに問うていますが、残念ながら、数百万人単位になろうとする難民を寄付などでささやかに支援するぐらいしか思いつきません。

 世界に広がるプーチン大統領やロシア軍への憤りは当然のことです。ですが一方で言語道断な自国の非道に心痛めているロシアの人々も数多くいるということも、拘束覚悟で繰り広げられている国内の反戦デモ等を見れば明らかです。私たちは感情に任せて国家と個人を同一視しがちです。文化芸術分野でも、責任のないロシア人アーティストやロシア芸術に対する敵視が起こりかねません。しかし、このような行いは過去の戦争・紛争においても繰り返され、大きな傷跡を残す過ちであったことを歴史は教えてくれています。怒りを向ける相手を間違えないでおきましょう。そして、一日も早くウクライナに平和が戻ることを祈りたいと思います。

2022/3/4(金)

 3月に入って日ごとに春めいてきました。暦では、「雨水」の次の「啓蟄(けいちつ)」ですね。寒さが一段落して土の中から虫が出てくる季節です。野鳥が飛来し始めるのもこの時期で、我が家の周辺にはウグイスもやってきます。まだ、一人前ではなく上手に「ホーホケキョ」と鳴けず「ホホケキョ」と舌足らずに鳴くのも愛嬌があります。

鳥の鳴き声と言えば、先日の神戸国際フルートコンクール関連講座「クラシック音楽なんかこわくない」で、驚くべき話を聴きました。交響曲の出だしとして、超有名なベートーヴェンの第5番「運命」の「ジャジャジャジャーン」がなんと鳥の鳴き声かもしれないと言うのです。講師の音楽ジャーナリスト飯尾洋一さんによると、キアオジという野鳥の鳴き声をモチーフにしているのでは、とのことで、YouTubeで見るとキアオジがまさに第5番の出だしをさえずっているのです。

「運命の扉をたたく」と固く信じていた私としては、今でも頭の中で運命の扉と鳥のさえずりが渦を巻いています。ともあれ器楽演奏は言葉がないだけに、いろいろな解釈が成り立つという意味でも魅力があります。ひょっとすると、後世の人が表題を付けた他の名曲にも、こんな信じられないような新説が登場するかもしれません。神戸市室内管弦楽団によるベートーヴェン企画のマスコット「ジャジャ」と「ジャジャーン」も自分たちのルーツがキアオジの鳴き声だと知ったらびっくり仰天するでしょうね。

2022/2/21(月)

暦では立春の次に春の訪れを告げる二十四節季の一つが「雨水」です。今年は219日ごろから。雪が雨に変わるころなのですが、「春は名のみ」で北海道や北陸ばかりか兵庫県でも日本海側は記録的な大雪に見舞われています。雪の少ない神戸は雪かきの必要もなく、ニュースを見ながら豪雪地帯の人たちに申し訳なく思っています。それでも吹き付ける風は凍るように冷たく、春を待つ気持ちに変わりはありません。

底冷えする夜は外に出る気になりませんが、寒風に掃き清められた夜空は空気が澄み切って星がきらめいています。思い切って庭やベランダに出てみてください。私でも真ん中に3つの星が並んだオリオン座なら見当がつきます。

思い返せば神戸市混声合唱団のメンバーがコロナ禍で平穏な生活を奪われた人々を癒し励まそうとオンライン上で「星に願いを」を歌ってくれてからもう2年になろうとしています。残念ながら、いまだに、いつ終息するのか先が見通せませんが、星降る夜空を見上げながら、合唱団と同じように「輝く星に心の夢を、祈ればいつかかなうでしょう」と願うばかりです。

2022/2/10(金)

不覚にもコロナに感染してしまいました。財団の職員やお客様に耳にタコができるほどマスク着用や手洗いを呼び掛けてきた当人がこのありさまでお恥ずかしい限りです。前回の第5波までの経験からしてオミクロン株の感染力は従来株とは比べ物になりません。発症前数日間の行動を真剣に振り返ってみたのですが、自宅外でマスクを外して会話や会食をした覚えはなく、どこでうつったのか全く見当が付きません。その一方、2人暮らしの家庭では妻と居住範囲を1階と2階に分けるなど、保健所やお医者さんの言いつけを守りましたが抵抗むなしく妻に感染させてしまいました。

 2人とも重症化せず10日間の自宅療養で済みましたが、買い物にも出られない隔離生活は食料にも事欠きました。また、周りには長期入院した人もおり軽症で済んだのは幸運だったというしかありません。

 そんな私が言っても説得力はありませんが、感染防止に一段と力を入れて取り組んでいきます。神戸文化ホールなど各施設では当面さまざまな規制が続きますが、「感染者を出さない」ために皆様のご協力をお願い申し上げます。

2022/1/11(火)

新春早々、神戸文化ホールで開催した井上和世プロデュース、佐渡裕指揮、オペラde神戸「椿姫」は7、8日両日とも2000席余りの大ホールが満席となり、コロナ禍の中で、訪れた人々に久しぶりに文化の力を実感して頂けたと思います。昨年秋ごろには空席がほとんどなくなり、チケットを購入できなかったオペラファンにはたいへんご迷惑をお掛けしました。

さて、当日、プログラムを見て驚いたのは関係者の数の多さです。もちろん歌手や合唱団、オーケストラ、バレエ団など、通常のコンサートに比べキャストの人数は比べものになりません。目を見張ったのは舞台には登場しないスタッフの人数です。スポットライトは浴びないけれど、さまざまな役割のプロたちがオペラを作り上げているのだなとあらためて思い知りました。

どれもこれも重要なのですが、印象的だったのは舞台の真ん中にそびえ立つ一本の柱です。全3幕ともこの柱が登場し、場面を巧みに切り分けるばかりでなく椿姫の運命をも象徴しているようでした。担当した増田寿子さんの創造力のたまものです。

随分昔になりますが「NINAGAWAマクベス」を見た時びっくりしたのが、舞台全体が巨大な仏壇だったことです。舞台美術を担当した神戸出身で「少年H」の作家、妹尾河童さんは蜷川さんに舞台を仏壇にしてくれと依頼され、日本中の仏壇を見て回ったと話していました。

オペラなど舞台芸術は、お節料理のようにさまざまな魅力がぎっしり詰まっています。これからもみなさんの記憶に残るステージを創造していくことを新年の抱負としたいと思います。

つぶやきはじめました 2021/11/11(木)

当財団のホームページをご覧いただいてありがとうございます。さらに私のつぶやきにまでお付き合いくださり感謝申し上げます。

さて、みなさんがこのホームページを検索されたのは、神戸文化ホールやアートビレッジセンター、各区の文化センターでの催しなどを調べようとされたからではないでしょうか。みなさんにとって文化ホールや文化センターはなじみのある施設だと思います。しかし公益財団法人神戸市民文化振興財団という長ったらしい名前の方はご存じなかったかもしれません。来年で創立40年になる神戸市の外郭団体なのですが知名度の方は正直さっぱりです。とはいっても覚えてもらわなくても結構です。

たとえて言うなら私たちはテーマパークの事務所のような存在です。みなさんが競って足を運ぶのはジェットコースターのようなわくわくする遊具であって、事務所には誰も関心を持ちませんよね。しかし、みなさんが思う存分楽しめるように事務所には専門のスタッフが詰めています。また、遊具のメンテナンスや施設全体の経理のための担当者もいます。言わば私たちはテーマパークならぬホールや舞台を支える黒子集団なのです。文化芸術というと堅苦しく聞こえますが、ぜんぜんそんなことはありません。ディズニーランドやUSJに遊びに行くように各施設に気軽にお越しください。職員一同心からお待ちしております。